石牟礼道子 死去 夫の提案だった苦海浄土 水俣のジャンヌダルクはまなざしで心をかわす

作家の石牟礼道子さんが亡くなりました。

水俣のジャンヌダルクと呼ばれた石牟礼さん。

代表作として知られる「苦海浄土」の意味。

まごうことなき人生を送られた石牟礼さんについて、まとめてみました。

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石牟礼道子さんのプロフィール

氏名:石牟礼道子(いしむれみちこ)
年齢:享年90歳
生年月日:1927年3月11日
出身:熊本県天草市
職業:作家

パーキンソン病により死去

石牟礼さんは2002年頃からパーキンソン病を患います。

パーキンソン病は体の動きに障害があらわれる病気です。

このような症状があらわれ、ゆっくりと進行するのが特徴です。

施設にはいっていたので、進行も4くらい進んでいたのでしょうか。

しかし、石牟礼さんはそのような状態にあっても創作意欲はとどまることがなかったそうです。

代筆による創作活動を続けていました。

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代表作 苦海浄土

苦海浄土、「くがいじょうど」と読みます。

石牟礼(いしむれ)道子の聞き書きの形をとった小説。『空と海のあいだに』という題で1960年(昭和35)1月『サークル村』、65年12月~66年12月『熊本風土記(ふどき)』などに断続連載。69年1月『苦海浄土――わが水俣(みなまた)病』の題で講談社刊。54年ごろから熊本県水俣を中心とする八代(やつしろ)海(不知火(しらぬい)海)沿岸漁民は、新日本窒素水俣工場の排水に含まれる有機水銀によって「水俣病」の症状を現し始める。手足がしびれ言語等に障害をきたし、衰弱、死に至るか、かならず後遺症を残す病である。著者は患者たちに寄り添い無告(むこく)の患者にかわって、不知火海がまだ美しかったころから現状に至る思念を方言を生かした語り体でつぶさにつづり、文明の行き着いた地点を現場から激しく呈示、批判する。しかし、聞き書き、ルポならぬまさに著者の「私小説」と評される。続編に『天の魚(うお)』がある。

引用元:コトバンク

水俣病は筆者も学生時代、社会の授業ではじめて知りました。

授業の中の一部でしかとりあげられなかったので、恥ずかしい話ですが水俣病がどのような病気なのかほとんど知りませんでした。

苦海浄土の意味

このタイトルが気になったので、調べてみました。

仏教用語で苦界という言葉があります。

意味は、この世が苦しいものであることを海にたとえた語で苦海とも書きます。

この言葉をタイトルに使う提案をしたのは、筑豊の作家「上野英進」です。

水俣から流れる八代海・不知火海が、苦界=苦海だと捉えられたのでしょうか。

そして浄土は、夫である石牟礼弘さんの提案です。

浄土は、清浄な世界を指す言葉です。

「苦海が清浄な世界」

言葉尻だけで捉えると皮肉めいたものにも聞こえますが、公害があるこの場所を清浄な場所にしていこうという
ダブルミーニングであったようにも思えます。

石牟礼さんは水俣病第1次訴訟を支援する「水俣病対策市民会議」の発足に尽力、水俣病の原因企業チッソとの直接対話を求めた故・川本輝夫さんらの自主交渉の運動を支えたりしました。

水俣のジャンヌ・ダルクと呼ばれる所以ですね。

皇后さまとの交流

その流れが、皇后さまとの交流へとつながります。

石牟礼さんが、皇后さまとお会いする会合がありました。

後日石牟礼さんは、皇后さまにお手紙を渡します。

「50歳を超えてもあどけない顔の胎児性患者に会ってやって下さいませ」と訴える手紙。皇后さまは「石牟礼さんの気持ちを重く受けとめています」と知人に伝え、熊本への出発直前、予定になかった胎児性患者との面会を希望。同年10月27日、水俣市内で両陛下と胎児性患者2人との対面が急きょ実現しました。

翌28日、熊本県での日程を終えた両陛下が熊本空港から帰京する際、見送る人たちの中に石牟礼さんの姿がありました。ひと目見送りたいと、入院先の病院から駆けつけ会話は交わせなかったものの、石牟礼さんは「まなざしを交わしました」と取材に答えています。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

石牟礼さんの生涯の一輪に筆者は初めて触れたのですが、最後まで自身のやるべきことを全うする。

そう感じずにはいられませんでした。

文字を書くことができなければ、口談で伝える。

言葉をかわすことができなくても、まなざしで会話をする。

自身の病状との戦いに一歩も引かない、まごうことなき人生だったのではないでしょうか。

新しい作品を読むことができないのが残念ですが、読むことで読み返すことで、作品が生き続けます。

石牟礼さんが亡くなる直前、第69回読売文学賞の評論・伝記賞が「評伝 石牟礼道子 渚(なぎさ)に立つひと」に決まりました。

石牟礼道子さんの初の本格的評伝です。

ご自身の評伝が賞をいただくことに、石牟礼さんはどんな感想をいうのでしょうか。


今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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